第二十四話

カレンと奥華は観客席に座って、試合が始まるのを待っていた。
「ネロっち、ケガだいじょーぶ?」
「ええ、もうだいぶ楽になってきました」
「そっか、よかったね〜、はあ〜・・・」奥華はため息をついて、背中を背もたれにつけた。「・・・この大会が終わったら、めのめ町に帰ろうかな・・・あ、そうだ、ネロっちもめのめ町に来ればいいじゃん!何もないけど、すごく楽しいところだよ、ね?ネロっちも来た方がいいよ、絶対に!」
「・・・ありがとうございます、きっと父さんの用事もまだかかりそうですし、是非行ってみたいです」
「だが」
気がつくと、隣には雷霊雲が座っていた。
「天希はここで旅を終わらせるつもりなど無いだろうな」
「えっ・・・?」
「あいつ自身は全く理由など考えていない。だが意味は無限大にある。そのうちの一つに、お前達が強くなれると言うところがある。それにカレン、お前は残りの家族を探さなければな」
「・・・でも、父さんがどう言うか・・・」
「ダメだと」雷霊雲は強く言った後、一息ついた。「・・・あいつが言うと思うか?」
二人の顔に光が射した。
「お前のことを愛撫しているのは見ていて分かるが、いざとなれば言うことも聞いてくれるだろう。そもそもあいつは、そうなることを望んでいるんじゃないか?お前がこのまま旅を続けることを、だ。あいつはすでに、お前が逞しく育ってくれたことを誇っているはずだからな。見ていてそう思う。で、奥華、お前はどうなんだ?」
「あ、あたしは・・・」
奥華が答えようとしたとき、歓声が鳴り響いた。

天希はフィールドに顔を出した。周りを見渡すと、観客でいっぱいだった。
「・・・これだ!じいちゃんがデラスト・マスターとして立った位置!」
フィールドの反対側から、すでに相手は顔を出しているのに、天希はそれに気づかないほど興奮していた。
「・・・おい!せっかく相手になってやろうってのに、無視か?」
「へ?なんか言ったっけ?」
「・・・どうやら、言葉だけじゃ伝わらねえようだな。この試合で、俺の方が強いってことを、証明してやる!」
「・・・ってあれ、お前どこかで見たような・・・」
「見たときに気づけよ!俺は岩屋唯次だ!天希ィ、お前、メルさんの弟らしいな。メルさんは尊敬できる人だ。だがお前は気にくわねえ!早々に決着をつけてやろうじゃねえの?」
「へへんだ、俺はこの場所に憧れて育ってきたんだ、せっかくここまできたのに、そう簡単に負けてたまるか!」
試合開始の合図は、ゴングの音だった。小さいとき、琉治が記念品としてもらい、大網が持っていったものを、船の上で何度も鳴らして遊んでいた天希にとっては、懐かしく、また聞き慣れた音であった。
「先手必勝!『斬撃」のデラストの真の力を見せてやるぜ!」
唯次は地面を蹴って飛び上がった。そして、空中から攻撃を仕掛けた。
「何だ!?」
天希には、唯次が何かを投げつけたように見えた。彼は素早くかわしたが、それは地面に当たると同時に消えてしまった。土でできた地面が、刃物を引きずったようにえぐり取られている。
「コイツに当たれば、一溜まりもないぜ!あっと言う間に体がバラバラになっちまうぞ!」
唯次は離れた場所に着地した。再び同じ攻撃をしようとしたがしかし、飛び上がろうとしたときに、天希がこちらへ向かってくるのに気がついたのだ。
「何っ!?」
天希は唯次の目の前までくると、彼は火の玉を投げつけた。唯次は高くジャンプしてかわしたが、火の玉は彼の後を付いてきた。
「熱っ!」
唯次がひるんだところに、天希はさらに攻撃を仕掛けた。唯次は火だるまになりながら蹴り飛ばされた。
「畜生、ふざけるな!」
唯次は炎を振り払おうとするが、その前に天希がまたキックを喰らわせた。唯次は苦し紛れの攻撃で天希の左肩に小さい傷を入れたが、天希の方は全くひるまなかった。3発、4発、5発と蹴りを喰らっていくうちに、唯次は勝てる自信を失っていった。最終的には、彼は地面に倒れて動くのをやめた。
「無理だ・・・降参」
試合終了の合図が聞こえた。同時に歓声も響いた。

天希は自分の控え室の方へ行った。奥華とカレンと雷霊雲の3人はすでに部屋の前に来ていた。
「よお、天希、一回戦は楽勝だったな」
「そんなことないですよ」天希はそう言って、部屋には入らずに観客席に上がっていった。
「ん?ああそっか、次って可朗の試合だ」奥華が言った。
「そういえば、あの子はどこへ行った?ほら、あの少し太った・・・」
「キミキミならトイレだよ」
「そうか、それならいいんだ」そういうと、雷霊雲もまた上っていった。

可朗は観客に向かって手を振りながら、フィールドに出てきた。
「どうも、どうも!」
可朗は今まで経験したことがないくらい目立っていると思っており、気持ちが舞い上がっていた。その姿に、最初にヤジを飛ばしたのは観客ではなく対戦相手だった。
「フッ、君が対戦相手かい」
「随分とおしゃべりなやつだ」
「そうかい、そりゃどうも。しかし君も運がいいね。この三井可朗様の華麗なる攻撃でこの場に散ろうとは」
相手は相当腹を立てていた。試合開始前から飛び込んできそうだった。
「試合開始!」
その合図に可朗は気づかず、まだしゃべっていた。
「まあほら、僕も観衆を楽しませたいから、一撃で君を倒す事がないようにはぎゃふっ!」
可朗の顔に蹴りが入った。
「おいおいどうした、華麗な攻撃で俺を倒してくれるんじゃなかったのかよ!?」
蹴りの連続攻撃だったが、その攻撃スピードは速く、可朗は抜け出す余地がなかった。

「あーあ、バカしてるから・・・」
奥華が呆れながら言った。
「あの速さは、どうやら基本能力ではないらしいな」
雷霊雲が言った。
「え?」
「今可朗が戦っている相手は、恐らく『速さ』に関係した能力を持つデラストなのだろう。そして、恐らくあれより速いスピードも出るだろう」
「えっ、それって勝ち目あるの?だって、あっちからの攻撃はよけられないし、こっちからの攻撃も当てられないってことでしょ」
「さて、どうなるかな」

相手は様子を見るように可朗の周りをぐるぐる回っていた。可朗は攻撃に出ようとしなかったが、代わりに言葉を発した。
「おお速い速い。メリーゴーランドのバイトでもすれば?あ、コーヒーカップの方が良かったかな?」
相手の動きがほんの少し遅くなった。
「逃げ足はもっと速いのかな?」
「何だと!?」
相手は方向転換して可朗の方にまっすぐ突っ込んで行った。パンチを当てようとしたが、その瞬間、足下の何かにつまずいた。
「何だっ!?」
可朗が足で地面をたたくと、植物の蔓は相手に絡み付いた。
「スピードのついてる状態で捕まえるのは難しい。でも加速がなければスピードってのは最初からでないんだよ」
可朗は腕をイバラに変えて近距離攻撃を仕掛けようとしたが、先に高速パンチを食らって地面に倒れた。それと同時に相手に絡み付いていた蔓もほどけた。
「残念だったな、俺の実力をなめたのが間違いだっ・・・はう!」
相手は蔓が完全にほどけてない事に気づかなかった。突撃しようとしたとき、可朗が蔓を持ち上げさせると、相手は自分自身のスピードに締め付けられたのだ。
「ははは、引っかかった」
可朗は起き上がった。
「速いよ速い。体の動きはね。でもこれでわかったでしょ、頭の回転が速い方がどっちか」
その後も試合は可朗が有利な方向に進められ、結果は可朗の勝ちだった。
「よう可朗、やったな!」
天希が言った。
「フッ、『さすが』だろう、天希。この天才が負けるわけがないじゃないか」
「えーと次の試合は・・・」
「聞いてよ」
「次の試合はだな」
雷霊雲が話に入って来た。
「誰?」
「前回のここの大会の優勝者らしい」
「へー!俺そいつと戦いたい!当たるかな?」
「・・・残念ながら、彼はこの一回戦で負けるよ」
「・・・えっ?どういうこと・・・?」

試合の時間になった。現れたのは前回優勝者である、市田庄だった。
「チャンピオン市田か!」
「でも前回の大会、そんなレベル高くなかったらしいけどな」
観客がどよめいていた。そして、その対戦相手も現れた。
「あっ」
カレンは思わず声を上げた。フード一枚に全身を隠した姿は、他にいなかった。
「デーマ・・・」
天希はそういって雷霊雲の顔を見た。雷霊雲は何も言わずに小さくうなずいた。

「へ、格好付けやがって」
庄は手をポケットに入れて余裕の表情だった。
「言っておくけどよ、俺は前の大会で優勝してるんだぜ?残念だが、今回もここは俺の舞台ってことで」
デーマは何も言わなかった。
「試合開始!」
開始と同時に、庄の体が分裂し、二人になった。
「さあどんどん増殖するぜ!この技を前に前の大会では誰も手も足も出なかった!なにせ数十対一だからな!お前がお望みなら、百超えてもいいぜえ?」
庄はさらに四人、八人、十六人と増えていった。対するデーマは、何もする様子はなかった。
「ほら、俺のこの増えてる様見ろよ、超隙だらけだと思わねーの?攻撃してこねーの?じゃあ十分増えたし、こっちから行かせてもらおうか!」
三十二人に増えた庄は、一気にデーマの方へ突撃していった。デーマはそれと同じスピードで、音もたてずに後ろへ下がっていった。
「ハハハ、逃げる事しかできねえのか?」
デーマと庄はバトルフィールドの壁に沿って移動していた。デーマはなお逃げ続けていた。一周くらいすると、庄の分身のうち数人が軌道を変えて先回りに出た。
「へっ、これでもう袋の鼠よ!抗ったところでこの人数には__」
しかし、庄はある異変に気づいた。先回りさせた分身がいなくなっている。デーマはあいかわらず同じ軌道の中を逃げ続けているだけだった。
「ん?」
庄は嫌な予感がした。いつの間にか、辺りが薄い霧に覆われている。デーマが逃げ続けている間、そのフードの下から霧が漏れ続けていた事に、庄はやっと気づいた。
「なんだこの霧」
庄は追いかけ続けたが、顔が青ざめて来た。自分の分身は霧にかき消されるようになくなっていく。そして霧はだんだん濃くなっていった。
「チクショウ!」
デーマが霧の中に消えそうになった時、庄は力を振り絞ってダッシュした。すっかり濃くなった霧の中で、やっとその首をつかんだ。
「ハハハ、これで・・・え?」
フードの頭がしおれた。庄がつかんだのはフードの首で、その中にデーマ本体はいなかった。庄は背筋が凍り付きそうになった。辺りを見回しても霧が立ちこめるばかりで、相手はおろか観客一人すら目に入らない。
「どうなってんだ、これ・・・」
彼の肩に手がかけられた。そこで振り向いてから数時間経つまでの間のことは、彼の記憶にはなかった。

「どうした・・・何が起こったんだ?」
「全然様子が見えないぞ」
観衆側からも戦いの様子は見れなかった。ただ、わずか二〜三分で霧が晴れたのは確かだった。そして、その中に見えたのが、フードをかぶったまま立っているデーマと、全身が紫や緑に腫れて地面に倒れていた庄であった事も。誰もがあっけにとられていた。試合修了の合図もないまま、デーマはその場を去ってしまった。庄はすぐに、雷霊雲の手術室へ運ばれた。

 

 

 

 

 

つずく


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