第八話

「・・・・・・あのさ、カレンちゃん、前から気になってたんだけど、なんでわざわざ人形に喋らせるんだい?」

“・・・・・・・いいでしょう。今からそれについてお話しします・・・・”



・・・・ガロの話によると、カレンが小さい頃、母は突然行方不明になり、それがきっかけでカレンの父は彼女を知り合いに預けた。カレンには兄がいたが、そ のとき以来彼女は兄の顔を見ていないらしい。

その知り合いというのが芸能人で・・・といってもあまり人気のある芸人ではなかったらしいのだが、遠くに移動したせいで突然小学校に行けなくなり、友達も いないカレンに、彼は腹話術を教えたのだという。

カレンは外の人間との接触をなるべく避け、ずっと家の中に閉じこもって腹話術で遊んでいた。小学校に通っていた時に天才と噂されていたカレンは、教科書さ えあれば自分で勉強できたので、知能のことで避難されるようなことはなかったが、さすがに人間関係の方は教科書でも学べまい。彼女は、同居からもだんだん と離れていった。

そんなある日のこと、自分の部屋の窓を全開にしたまま、いつも通り腹話術をやっていると、突然窓の外からものすごい光の球が飛んできて、カレンにぶつかっ た。しばらく気絶していたが、目が覚めると急いで窓を閉め、少し外のことにおびえながら静かに腹話術を再開した。

すると、人形から出た声が、自分の声に聞こえなかった。いや、自分は声にだして喋っていない。人形自身が自分で喋っていたのだ。カレンは自分で喋ろうとし たが、自分の声が出なかった。喋れるのは人形の方だけで、自分で直接人と話せなくなってしまったのだ。




“と、いうわけで、ご主人の言いたいことは、私が間接的に伝えなければならないのですよ”
「ということは、その病気っていうのはデラストの代償?」
“それしか考えられません”
「なるほどねえ・・・・・」
“ところで、あなた達は家に帰らなくていいんですか?そろそろ夜になりますよ”
「実は俺たち、アビス・フォレストをたおすために修行の旅に出てるんだ」
“えっ!?”
「僕らが小学校のときに、デラストでいじめっ子から僕らを守ってくれた先輩がいたんだ。今はグランドラスにいて、僕らはまずその先輩にあってデラストのこ とを教えてもらうのさ」
カレンはまたうつむいて、小さい声で言った(喋ったのはガロ)
“・・・・・アビスは倒せませんよ”
「何だって?」
“倒せるわけないです!少なくとも我々では!”
突然、カレンは二人をにらむように見た。
“あいつは!あの人は・・・・・”
「ま、まあカレンちゃん、落ち着いて・・・・・何かあったのかい?」
可朗は、カレンが途中でアビスのことを『あの人』と言い直したのを聞き逃さなかった。
“いや・・・・・何でもないです・・・・・”
三人はしばらく沈黙していた。やがて、カレン(ガロ)が言った。
“仲間に・・・・入れてください・・・・・”
「え?」
“もしあなた達がアビスを倒すために旅をしているなら、我々も、ついていきます!”
「・・・そうこなくっちゃね」
「大歓迎だぜ!俺は峠口天希。よろしくな!」
「僕は三井可朗。よろしく」



が、この修行の旅に、また新たな仲間が加わり、暖かく歓迎していた所に、外で薪割りをしていた小屋の主が、傷だらけで小屋の中に入ってきたのを見ると、三 人の気分は一転した。
「どうしたんですか!?」
「う・・・・戦闘員だ・・・・・・アビスの・・・・手下・・・・」
天希は窓の外を見た。いつの間にか猛吹雪だ。
「まさか、この吹雪もアビスの手下の・・・・・・・」
そう言うと、天希は小屋を飛び出した。
「あっ、天希、どこに行くんだ!?」
「火のデラストを持ってる俺が、雪なんかに負ける訳がねええええええええええええええええええ!」
開けっ放しになった小屋のドアの外から、天希の自信満々な声が聞こえた。
「仕方ない、僕も行くか」
「待ちなさい!君達だけでは危険だ・・・・・・・」
「大丈夫ですよ、お二人方はここで待っていてください。すぐにけりを付けてきますんで」
可朗は口笛を吹きながら、猛吹雪の中を歩いていった。
「お〜、寒っ」

しばらくは吹雪の音しか聞こえていなかったが、
「うっぎゃああああああああああああああ!」
という可朗の悲鳴が聞こえると、カレンも小屋を飛び出していった。
「待て!待つんだ!」
主は言ったが、カレンは聞こえない振りをした。
「・・・・・・・・・・・・・・」
主はドアを閉めると、上に着ていた洋服を脱いだ。すると、その下に来ていたのは、真っ黒な紳士服だった。長ズボンの中からもピカピカの長い黒のズボンが現 れた。又、かつらをとると、その下でつぶれていたシルクハットがバネのように元に戻った。
「全く仕方がないですねえ、子供というものは」
主の正体は、ヴェノムドリンクとかいううさんくさい商品を売っていた、あの薬師寺悪堂だった。
「もしもし、こちら悪堂」
トランシーバーらしきものを取り出すと、アビスのいる本部に連絡した。
「こちらボス、一体なんだ?」
「今日までに起こったことを報告します」
「何か特別なことでもあったか?」
「峠口天希一行、グラム山支部を通過しました」
「ほう、やはり本部からはなぜか遠ざかっているようだな・・・・・・やはり目的地を確認もせずに跳び出したか」
「いや、そうでもなさそうですよ」
「ぬ?」
「彼らはグランドラスに向かっているようですよ。なんでも、千釜 慶とかいう先輩にデラストのことを教わりにいくようで・・・・・・」
「どちらにしても、奴らの始末係は大輔にするんだな?」
「はい」
「まあ、大輔が本当に勝てるかどうかは期待しないがな」
「カレン様もあちら側に付いていることですし・・・・・・・」
「何イっ!?」
「先日、カレン様が峠口天希一行に加わったらしいんですよ」
「バカな!そんなことが・・・・・・・」
「まあ、彼女はこの私の手で必ず捕まえてみせますので、それでは・・・・・」
そう言い終わると、悪堂はトランシーバーをしまい、彼も又、雪の中を駆けていった。



当のカレンが雪の中で最初に可朗を見た時、可朗は凍り付いていた。最初に動かない彼の姿を見たカレンも驚かずにはいられなかった。
カレンは氷を突き破ろうとした。やろうと思えばできないことでもないが、恐らく中にいる可朗も粉々になってしまうだろう。
何を思いついたのか、カレンはポケットに手を突っ込んだ。ポケットの中から現れたのは、赤く光る玉だった。カレンはそれを人形にぶつけると、人形の顔に 『火』という字が浮かび上がった。それがまるで本当の人間のように動くと、いきなり炎を発し、可朗の氷を溶かした。ほっとしていた2人に、赤い光が注い だ。北の向こう側で、何かが赤く光っているのだ。太陽ではなさそうだ。
「今のであったかくなったぞ。たぶん天希の炎だ」
“我々も行きましょう”



天希はというと、氷の壁によって横穴に閉じ込められていた。横穴を見つけ、休んでいたところに、敵が現れ、氷の壁で横穴を塞いでしまったのだ。壁は隙間な く完全に横穴にふたをしていたため、中の酸素がなくなるのも時間の問題だった。しかも天希は、脱出するために火炎放射を使い、それも失敗してしまったた め、一層窒息までの時間を縮めてしまっている。こんなところで死ぬのか。敵の罠に引っかかったままで・・・・・・・。俺は火炎のデラストの使い手じゃない か。なのに、なんでその俺が氷の中で、氷を操る敵に、氷によって倒されちゃうのか。
天希の意識は次第に薄れていった。空気通行のない場所では、助けを呼ぶことすらできなかった。酸素がなくなってくると、火を使うこともできない。天希はた だ、誰かが自分を見つけ出してくれるのを待つしかなかった。
が、意識が切れる寸前、氷の壁の外に赤い光が見えた。壁に穴が開き、外から新鮮な空気が入ってくる。外にいたのは可朗とカレンだった。天希は立ち上がって 深呼吸し、二人の方へ歩み寄った。
「お前らが助けてくれなけりゃ、どうなってるか分からなかったな。ありがとう」
「一人でアビスを倒そうとして、めのめ町を飛び出したのは間違いだったろ?」
「ところで、今の炎は?」
“カレン様の『操作』のデラストは、人形を操るだけでなく、ほかのデラスターの能力の一部をコピーして、人形に植え付けることができるんですよ”
「でも、なんで俺がやった時は破れなかったんだろ?」
“恐らく、その敵はさっきまで氷の壁の前にいて、壁の状態を安定させていたんだと思います”
「よし、今からそいつを捜して、絶対に倒すぞ!」
「探すだって?そんな必要はないだろ」
突然聞き慣れない声がした。三人はその方向を向いた。
「悪いな、俺はアビス軍団の中でもエリートなんでね・・・・。お前らみたいなやつは、この水石大輔がまとめテ始末シテヤル!」






つずく


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